大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(モ)8253号 決定

申立人 菊間毅

右申立代理人 円谷孝男

相手方 ヨオコ・ストーイこと 菊間洋子

主文

本件申立を却下する。

理由

一  申立代理人は、申立の趣旨として、「申立人および相手方間の離婚原因および相手方から生れて来る子の父親について、証拠保全のため、申立本人を尋問する。」との決定を求め、証拠保全の事由として「申立人と相手方は昭和四二年七月二七日婚姻し、申立人は翌二八日から同四六年一月ころまでの間、ほとんど外国各地で生活していたところ、相手方は同四五年五月ころドイツに渡り、某ドイツ人と同棲し、同四六年五月末日ころ右ドイツ人との間に子供が出生する予定である。そこで申立人は相手方に対し離婚の訴、相手方から生れて来る子に対し嫡出否認の訴を提起すべく準備中である。しかし、申立人は、同年六月一一日から二年間アムステルダム所在のホテルに勤務しなければならず、その間、日本に帰国の予定はなく、提起さるべき訴訟の本人尋問のため帰国することは経済的に困難であるから、前記訴を提起しても、申立本人尋問をすることが困難な事情にある。よって、申立の趣旨のとおりの決定を求める」と述べた。

二  申立代理人が提出した疎明資料を検討すると次の事実を認めることができる。

申立人と相手方は昭和四一年七月二七日婚姻したこと、申立人および相手方はベルリンやパリで結婚生活を送ったことがあるが、同四四年九月ころ、申立人はカナダのモントリオールに在住し、相手方は日本に在住したこと、そのころ相手方は申立人に対し「申立人の子と推定される胎児を流産したこと、ベルリンで交際のあったドイツ人が忘れられないから離婚してほしいこと」などを書いた手紙を送っていること、更に相手方は、同四五年四月には弁護士を通じて、日本から海外にいた申立人に対し手紙で協議離婚の申込をして、離婚届の用紙を同封の上署名押印を求めていること、その後、相手方は申立人に対し住居を不明にしてヨーロツパの某所に居住し、同四六年五月ころ日本に居住する申立人に対し「離婚を希望していること、妊娠して同年五月末日ころ出産の予定であること」などを手紙に書いていること、申立人はアムステルダム所在のホテルの従業員として近日中に渡航すること、相手方とアムステルダムで再会する打合せをしていること、以上の事実を一応認めることができる。

三(一)  そこで、本件申立が民事訴訟法第三四三条の要件を充足しているか否かの点について考える。まず一般論として、当裁判所は、同条の証拠保全の証拠方法として本人尋問が含まれないとの見解をとるものではないが、本人尋問の補充性、本人の訴訟法上の地位などに鑑みて、証人調の場合と比較して同法の要件はより厳格に解すべきものと考える。一般に、証人が長期間、海外に出向してしまうことは、同条にいう「予め証拠調をするに非ざれば使用するに困難なる事情」にあたると解されているが、本人尋問の場合も同一基準で論ずることは妥当でない。以下本件について考察するが、本件申立は本来、離婚訴訟のための証拠保全としての申立と嫡出否認の訴のための証拠保全と別個に申立らるべきものであるから各別に判断する。

(二)  まず、離婚訴訟のために予め申立本人尋問をしておく事由の有無を考えるに、疎明により一応認められた事実によれば、相手方は申立人に対し、同四四年九月ころから協議離婚の希望を述べ、現在もその意思を維持しており、申立人において離婚届に署名押印すれば直ちに離婚が成立する状況にあり、かつ、申立人は近く相手方と直接話会う機会を持つことが可能になるのであり、あえて、訴を提起しなければならないものではない。してみれば、いまだ訴提起前である現段階で、申立本人が二年間渡欧することを唯一の保全の事由としている本件申立を許容することは妥当でない。仮に慰藉料請求などの必要から本件申立を許容すべきものとすると、相手方に対し、証拠調の期日に呼出すことが不可能なものであり、申立人の便宜を計る余りに、公平に欠ける結果を招くことになる。

(三)  次に、嫡出否認の訴のために、予め申立本人尋問をしておく事由の有無について判断する。

第一に、相手方は昭和四四年九月以前に申立人の嫡出子と推定さるべき胎児を流産し、以後申立人と離婚することを望み、かねて別居中の両者の間には事実上の離婚状態が生じ、その後相手方は渡欧して申立人に対し一時住居を不明にし、今日まで申立人と相手方は直接面会することが全くなかったのであるから、相手方の子として生れて来る子は、申立人の子であるとの推定は受けないと解され(同旨昭和四四年一一月二七日付最高裁判所第一小法廷判決)、その子に対する訴は嫡出否認の訴でなく、親子関係不存在確認の訴によることができるのである。従って、民法第七七七条の出訴期間の制限がない。第二に、右嫡出否認の訴又は、親子関係不存在確認の訴のいずれによるとしても訴の提起は子が現実に出生したことが要件であるところ、疎明された事実は昭和四六年五月末日ころに出産が予定されているという手紙があったに過ぎない。第三に、右いずれの訴によるも、その管轄は人事訴訟法第二七条が適用され、子の普通裁判籍によるところ、子の普通裁判籍は民事訴訟法第二条に定められているが、子が外国において出生し、ひきつづき外国に居住する場合、子の普通裁判籍は日本に存在せずかかる場合は、日本において管轄が認められない限り他に適当な管轄裁判所が存在しないなど日本に管轄を認めないと正義公平の理念に反する特別な事情が存在しない限り、日本には右訴の管轄が存在しないとするのが子の利益を守る立場から相当である。これを本件についてみるに、疎明された事実に申立人の主張を斟酌すると、子はドイツにおいて出生し、養育されることが予定されており、申立人も近くドイツの隣国にあるアムステルダムに渡航するに加えドイツ裁判所は外国人相互間の嫡出否認の訴をも管轄する。してみると、申立人が提起を予定している嫡出否認の訴ないし親子関係不存在確認の訴は、日本に裁判管轄が存在しないのである。(証拠保全の管轄は存在するが)

以上第一ないし第三に指摘したような事情のもとでは、申立人が二年間渡欧することを理由に予め申立人尋問を求めることはとうてい許容さるべきものでない。

よって、本件申立は理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 多田周弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例